日本企業の人材開発コストは低くない!

メンバーシップ型ではOJTで先輩が後輩を一人前になるよう指導してくれる

 最近の新聞やコラムなどを読むと、日本企業は欧米企業に比べ社員の人材育成にコストをかけていないという論調を良く見かけます。根拠として日本のGDPに占める企業の能力開発費の割合が欧米に比べて低いことを上げていますが、これは極めて浅薄な議論です。

 これは厚生労働省の2018年版「労働経済の分析」における能力開発費のGDP比率で、米国2.0%、フランス1.7%、ドイツ1.3%に対して日本はわずか0.1%というデータが元になっていると思われます。ここで注意が必要なのは、この能力開発費にはOJTつまり現場での指導育成コストは含まれていない点です。

 日本型と言われるメンバーシップ型雇用制度では、新卒学生などを採用しOJTで先輩社員が細かく丁寧に指導して一人前に育てていきます。日本企業に勤めていると、部下や後輩の指導育成は社員全員に期待されている役割であることが一般的です。これはジョブ型雇用制度では仕組みとして不可能です。なぜならジョブ型の場合、後輩を指導して自分のジョブができるように成長させてしまうと、自分のジョブが奪われる危険性があるからです。一方メンバーシップ型の場合は、早く後輩を指導して自分のジョブを後輩に任せれば、自分はより難易度が高い(処遇も高い)仕事にチャレンジできることになります。メンバーシップ型雇用制度という仕組みの長所のひとつです。

ではOJTを含めると日本企業の能力開発費は欧米と比べてどうなのでしょうか? まず日本企業がどれくらい人件費を払っているかを見てみましょう。日本の労働分配率(雇用者報酬/GNI 国民総所得)は2019年で50.4%(※1)です。2019年度の日本のGNIは5.27兆ドルですので、雇用者報酬つまり人件費は 5.27兆ドル×50.1%=2.64兆ドル となります。前述のとおりメンバーシップ型雇用制度の日本企業では、部下や後輩の指導育成が一般的に期待されます。部下・後輩の指導育成が仕事の内どのくらいの割合かはケースバイケースですが、わたしの実感値から仕事全体の5%と仮定します。部下や後輩の指導を期待されている社員が全雇用者の半分50%だと仮定すると (雇用者報酬2.64兆ドル)×(指導育成が期待される社員比率50%)×(指導育成にかける仕事の割合5%)=(指導育成にかかるコスト0.066兆ドル)となります。これは日本の2019年GDP5.12兆ドルの約1.3%に当たります。

 前述の日本の能力開発費(OJT除き)のGDP比率0.1%にOJT分1.3%を加えると1.4%つまりドイツより上となります。日本企業の能力開発費は欧米と比べても決して少なくないと言えます。欧米企業のOJTを足さないとフェアじゃないという声がありそうですが、そもそもジョブ型雇用では後輩の指導育成をする動機付けができないので、別建ての研修などのOFF-JTで人材を育成しようとするわけです。

 このように、労働関連のデータはそれぞれの国の雇用制度や慣習などを無視して数字だけで解釈しようとするとミスリードしてしまいます。企業の労働現場の実態を分かっていない学者や役人、新聞などはえてしてこのような分析をしがちです。何でもかんでも欧米礼賛ではなく、実態や背景などを含めて総合的に調べて記事にしてもらいたいものです。

※1 内閣官房「賃金・人的資本に関するデータ集」より

人事部長F について

大手金融機関で人事業務を8年、うち人事部長を4年間務めきました。 人事部長として考えてきた人事戦略・人事運営に関する考えを このブログで発信していきます。
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